感情論的、日記的

極端に不定期更新です。

安堂ロイドの小ネタ

本日放送されたTBS日曜劇場『安堂ロイド』。
前クールがモンスター的大ヒット作となった『半沢直樹』だったことから、放送前から酷評されていたけど、個人的には楽しめる作品だったと思う。

さて、ストーリーは『ターミネーター』の焼き直しだと言われているようだが、SF好きにはニヤリとしてしまう小ネタが散りばめられていたので、初回で僕が見つけられたものをピックアップしてみる。
これらの小ネタがストーリー展開にどのような影響を与えるのかは不明だけども、今後視聴する上での「お楽しみ」にはなるのではないだろうか。


  • 登場人物に関する小ネタ
沫嶋黎士(まつしまれいし、演:木村拓哉)→松本零士(代表作『宇宙戦艦ヤマト』)
沫嶋七瀬(まつしまななせ、演:大島優子)→火田七瀬(筒井康隆七瀬シリーズ」より)
星新造(ほししんぞう、演:桐谷健太)→星新一(代表作『ボッコちゃん』)
小松左京子(こまつさきこ、演:山口紗弥加)→小松左京(代表作『日本沈没』)
江戸川斗夢(えどがわとむ、演:ジェシー(ジャニーズJr.))→江戸川乱歩トムとジェリー
栗山薫(くりやまかおる、演:山本美月)→栗本薫(代表作『グイン・サーガ』)
富野好雪(とみやよしゆき、演;日野陽仁)→富野由悠季(代表作『機動戦士ガンダム』)
角城元(かどしろはじめ、演:平岡祐太)→カトキハジメ(ガンダムシリーズのメカニックデザイン担当)
葦母衣朔(あしもいさく、演:遠藤憲一)→アイザック・アシモフ(代表作『われはロボット』)


  • 演出に関する小ネタ
安堂ロイドが沫嶋黎士の机から出てくるシーン
ドラえもんがのび太の机から出てくることのオマージュ?

葦母衣朔が所属している部署が「公安第仇課」
→『攻殻機動隊』シリーズの「公安9課」から?

安堂麻陽(演:柴咲コウ)が地下鉄に落ちるシーン
→『GANTZ』のオマージュ?

安堂ロイドの正式名称が「ARX Ⅱ-13(エーアールエックス セカンド サーティーン)」。
→A はAndroidの頭文字?
→RX はガンダムの正式名称「RX-78-2」から?
→Ⅱ は『新世紀エヴァンゲリオン』の「セカンド・インパクト」から?
→13 は「セカンド・インパクト」の発生日時が2000年9月13日だったことから?


こんな感じで、独断と偏見に寄った類推もあるのだが、作品のコンセプトと設定に庵野秀明らエヴァのスタッフが関わっていることからも、かなり有名SF作品に託けた小ネタを見つけることができた。
半沢直樹と同じくモンスター的大ヒット作となった『あまちゃん』や、現在映画が公開中で同じくTBSドラマだった『ATARU』のように、「わかる人がわかれば良い」と言ったネタが今後も登場する可能性がある。
そして、これらのネタが、まさしく「ネタ」として機能することで、あまちゃんATARUのようにTwitterで視聴者が盛り上がる要因となるのではないだろうか。

そんなことを夢想しつつ、次週からの『安堂ロイド』に期待したい。

脱サラして大学院に行く男の話 vol.1

久しぶりの更新となってしまいました。Tazzoです。

先日、大学院入試を受験しまして、無事に合格通知をいただきました。
 
大学院受験をするにあたって、かなりGoogleを使って検索しました。
その際、大学院を受験された方の個人ブログをかなり参照させていただきました。
そこで僕も、これから大学院進学をしようとしている方たちの力に少しでもなれればと思い、何回かにわけて、僕の大学院入試の話をしていこうと思います。
 
ちなみに受験した大学院と、説明会に参加した大学院は以下の通りです。

今回は、明治大学大学院国際日本学研究科の受験について書いていこうと思います。

 

明治大学大学院国際日本学研究科

2013年度入試Ⅱ期試験(2013年2月実施)を受験しました。

大学院入試は通常、秋(9~10月)と冬(2月)の2回実施されます。

明大の場合、秋の試験をⅠ期試験、冬の試験をⅡ期試験と呼称します。

僕は2012年9月に退職しているので、必然的にⅡ期試験の受験となりました。

 

選択した志望コースは「ポップカルチャー研究」。もともとは「コンテンツ・メディア研究」を志望したのですが、急遽募集を中止してしまったので、近い分野のポップカルチャー研究にコース変更をしました。

大学院を受験する場合、必ず説明会に参加し、最新の情報を得るのが大切です。各校のホームページで公開される前の情報でも、説明会で事前に発表されることがあるので。

志望していたコースや教官が生徒を募集しないとわかっても、説明会で知ったのであれば、その場で他のコースや先生の紹介をしてもらえるので、僕みたいな状況になっても対応策を教えてくれます。

 

試験科目は、外国語(通常は英語)と専門科目の1次試験、面接の2次試験。

明大の場合、1次の合否が即日発表され、2次の面接は翌日になります。

 

英語の試験は、大学受験レベル。とは言え、出題される問題文の内容は専門的なので、語彙力と知識は大学受験以上を要求されます。

問題形式は、選択問題。内容一致や、単語の穴埋めなどです。

対策としては、とにかく大学受験レベルの英語力を取り戻すこと。大学受験で使ってた単語帳や文法問題集をひたすら何回も解きまくりました。また、日経新聞の社説(半年分)が英訳された本があるので、それを何度も読み、書き写し、知らない単語を洗い出すという作業をして、長文対策を行ないました。

英語で書かれた人文科学系の入門書や論文、エッセイなどを読むと、さらに対策になると思います。僕はそこまで手が回らなかったので、やりませんでした。

 

専門科目は、論述問題と解説問題の2題です。

論述問題は、2つある問題文のうち、1つの話題について論じるもの。

解説問題は、4つある用語のうち、2つを選んで解説するもの。

字数制限はありませんでした。論述は自分の考えを問われ、解説では自分の知識を問われます。

こちらの対策としては、とにかく志望するコースに所属している先生たちの著作を読むことです。その上で、その著作で引用された文献や、周辺分野の文献を読み漁るのが効果的です。

僕が受験したコースの場合、図書館で「マンガ」「アニメ」「ポップカルチャー」「サブカルチャー」をキーワード検索し、ヒットしたものの中から、発行年数が最近のものをピックアップして読むのも手です。

 

外国語も専門科目にも言えることですが、もちろん過去問を解くことは重要です。

明大は大学院事務室に行けば購入できます。2年分だけですが。。

 

初めての院試にもかかわらず、1次試験を通過できたのは幸運でしたが、面接は散々な結果でした。

院試の面接では、出願書類とともに提出する「研究計画書」の内容について聞かれます。就活の面接でESに沿って進められるのと同じ感覚ですね。ただし、院試の場合はかなり詳しく、具体的に聞かれてきます。とくに研究計画書に不備があると、というか不備があると面接官に判断されると、執拗にその内容を質問されます。

実際に僕は研究計画書が稚拙だったため、圧迫な雰囲気に気圧されながら、突っ込んだ質問をされまくったので、しどろもどろな受け答えしかできず、面接で落とされました。

 

研究計画書の内容がしっかりしていれば、そこまで突っ込まれることもなかったと思います。

というか、計画書がしっかりしていないということは、本人のなかで研究テーマに対する考えがしっかりしていないことの表れなので、面接でちゃんと答えられないのは当然です。計画書を提出してから面接を受けるまでの間に、考えをしっかりさせていられるのならば大丈夫かもしれませんが、それでもやはり計画書の内容はかなり重視されます。

 

研究計画書の書き方については、Googleで検索すればいくらでもヒットしますし、ハウツー本もたくさん出ているので、それらに一度目を通しておくと良いです。

ただ、一番有効なのは、やはり添削してもらうことでしょう。希望教官に連絡をとって添削を依頼してもらえることが多いです。大学院のホームページや案内資料に連絡先が載っているので、そちらから連絡がとれます。各校の大学院事務室で教えてもらえることもあるようです。

ただし、先生によっては添削依頼を受け付けない人もいます。また、時期によって受け付けられない場合もあります。たとえば出願期間中とか。

他には大学院受験専門の予備校などでも添削してもらえます。この場合、その予備校に所属していることが求められると思いますが、もしかしたら所属してなくても添削してもらえるかもしれません。こちらも予備校に問い合わせて確認したほうが良いでしょう。

 

最後に、明大・国際日本学研究科の対策で使用した問題集や本をいくつか紹介します。

Amazon.co.jp: 英単語ターゲット1900 5訂版 (大学JUKEN新書): 宮川 幸久, ターゲット編集部: 本

Amazon.co.jp: Next Stage 英文法・語法問題 3rd edition: 瓜生 豊, 篠田 重晃: 本

Amazon.co.jp: 英語で読む 日本経済新聞社説 2012年上半期: 日本経済新聞社: 本

Amazon.co.jp: 「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか (角川oneテーマ21): 大塚 英志, 大澤 信亮: 本

Amazon.co.jp: テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ: 伊藤 剛: 本

Amazon.co.jp: ライトノベル文学論: 榎本 秋: 本

Amazon.co.jp: ゼロ年代の想像力 電子書籍: 宇野 常寛: Kindleストア

 

vol.2では、東京大学大学院情報学環・学際情報学府の受験についてのお話を書きます。

Facebookはカラオケボックスである

ご挨拶

はじめまして。Tazzoです。
昨年、諸々の諸事情がありつつも、大学院進学を目指して会社を退職しました。
日々勉強しながらも、基本的には絶賛ニート生活中。そんなTazzoです。
かのトップアイドル大島優子と同学年のTazzoです。

さて、自己紹介はこの程度にしましょう。
このブログは「Tazzo's diary」という名前からもわかるように、日記ベースの投稿をしていきます。(追記2015年5月9日:ブログ名を変更しました)
いや、だからと言って、日々の生活記録みたいなモノにはしません。
なんて言うんでしょう、暮らしのなかで想い感じたことを書き綴っていく「覚書」みたいなスタンスになれば、と望んでいます。

かつてはmixiでも似たような投稿をしてたんですが、みなさんご存知のように、あそこまで過疎化してしまいましたし、実際、僕の友人たちもmixiから離れ、TwitterFacebook、LINEの世界と移住してしまいました。
それにmixiでの投稿って、結局のところ友人たち(リアルかバーチャルかは問わず)向けの内容になってしまうので、外部に向けたモノではないんですよね。

このブログがどの程度の方々に読まれるかはわからないけど、少なくとも環境としては外部にオープンな場で発信してみたい。そんな欲望もあって、今回「はてなブログ」を開設しました。
どのくらい継続することができるのか我ながら未知数ですが、細々とやっていきたいと思います。

前口上が長くなってしまいました。
では、本題に入りましょう。


mixiからFacebook

僕の友人たちがmixiからTwitterFacebookへと移住していったことは、すでに書きました。かく言う僕も移住組のひとりです。

mixiFacebookも基本的にはやれることが同じなのに、なぜかみんなFacebookへと移ってしまった。
mixiの流行やブームが去っていった、と言ってしまえば簡単ですが、みんなはFacebookの何に惹かれたのか。

僕は当時使っていたSAMSUNGガラケーFacebookのアプリがプリインストールされていたからとりあえず登録した、という程度のきっかけです。
しかも、2010年の段階ではFacebookを利用している友人がおらず、まだまだmixiの利用率が高いこともあって、まったく使っていませんでした。
ただ翌2011年に映画『ソーシャル・ネットワーク』が公開されたあたりからFacebookの知名度があがり、頻繁に利用はしないもののFacebookに登録した、という人たちが増えてきたように思えます。

僕自身、あの映画を観たことで「これはちゃんと使わないと損だ」と思うようになりました。
ちょうどガラケーからスマホに機種変し、さらに大学卒業の直前というタイミングだったので、卒業式前に行った長崎旅行の写真をスマホ経由で現地からアップしたのが本格的にFacebookを使うようになったきっかけです。
大学を卒業しても、TwitterだけじゃなくFacebookからも友人たちの近況がわかれば、という思いもありました。

いま思えばmixiを利用しはじめたのも高校卒業のタイミングだったので、友人たちと日常的に会えなくなるというシチュエーションが来ると、人はSNSを利用するのかもしれません。


リア充Facebook

さて、それぞれのきっかけでみんながFacebookを使うようになったことで、友人たちがFacebookに日々の生活をアップロードしていくようになりました。

食べた料理の写真、旅行の写真、ペットの写真 etc.etc.

mixiの頃とは違い、やたら写真のアップが目立ちます。
テキストオンリーの投稿をする人はほとんどいない。僕の場合ですけど。
テキストはTwitter、写真はFacebook。そんな使い分けが存在しているのだと思います。

さて、なぜこんなにもFacebookには写真が多いのか。
詳しい議論はすっ飛ばして、僕個人の偏見に満ちたと言っても良い感情論で申し上げると、広い意味での「自慢」をしたいからなのだと思います。

「今日こんなステキなお食事したの」
「この前こんなイカスところに行ってきたの」
「うちのペットこんなに可愛いの」
などなど。

意識的か無意識的かはわかりませんが、人に写真を見せるという行為自体に自慢的要素が含まれているので、Facebookに写真をアップする行為も同様です。

ネタになるようなおもしろ写真もアップされますが、それすらも「こんなおもしろいことしてる俺/私ってどう?」という自己陶酔的な自慢要素があるように思います。
逆に言うと、そのような自慢要素のある写真あるいは話題があるときだけFacebookに投稿しているのかもしれません。

そして、そういうことをさせてしまうのは、Facebookに実装されている「いいね」機能であることは疑いがないでしょう。
ザッカーバーグがどう思っているのかは知りませんが、Facebookは確実にこの「いいね」が押される投稿を奨励しています。
だからこそ、「いいね」を求めた投稿をしてしまう。あたかもmixiで日記を書いたあと、どのくらいの「足跡」が付いたか気にしてしまうかのように。

Twitterはネット廃人のもの。Facebookリア充のもの」という認識が生まれるのも、もちろんこういう事情からのはずです。


良くも悪くも息苦しいFacebook

さて、このように自慢的な投稿にニュースフィードが埋められてしまうと、今度は非自慢的な投稿がしにくい、という心理が働いてきます。

「自慢的な投稿」を、特別なシチュエーションに関する投稿、つまり非日常的な話題の投稿とするならば、「非自慢的な投稿」とは、普段の生活に関する投稿、日常的な投稿のことです。

たとえば「蚊に刺された。かゆくて堪らない」とか「電車の乗り換え間違えた。つらたん」といったような、当たり障りのないもの。
あるいは「憲法改正ってどうなのよ?」とか「社会保障はなんでこんなに年寄り優先なんだよ?」といった政治的社会的な議論。

そういったことを投稿している人ももちろんいるんだろうけど、先述したようにFacebookは「いいね」を奨励するシステムなので、「いいね」を獲得しづらい上記のような投稿は控えてしまう。
まあ、当たり障りのない話題はTwitterに呟いていて、政治的社会的な話題はそもそも投稿しようと思わない、って可能性も大いにあるのですが…。

なにが言いたいかと言うと、みんな「いいね」に縛られすぎて、投稿したいことがあるものの、それに対する「いいね」が期待できないために投稿するのをやめることが多分にしてあるのではないか。
つまり、もはやFacebookは好きなことを気ままに投稿できる場ではないのではないか、ということです。

それが良いことなのか悪いことなのかは判断できませんが(少なくとも僕は違和感を感じています)、とりあえず「息苦しさ」は覚えます。


カラオケと同じ「息苦しさ」

この息苦しさは、まるでカラオケボックスで感じる息苦しさと同じことのように思います。

個人によってカラオケに対するスタンスは違うんでしょうが、とりあえずカラオケでは「その場にいる人たちが盛り上がれる」ことが要求されます。

AKBやゴールデンボンバーなど、みんなが知っている流行曲を歌えば、盛り上がることができます。
またアニメソングしか歌わないとしても、その場にいる人たちがアニメ好きなら盛り上がるでしょう。
逆に、流行曲でみんなノリノリになっているのに誰も知らない曲を入れたり、アゲアゲのムードになっているのにバラードを入れたいしたら、場の空気はシラけてしまいます。

歌いたい曲を歌うのがカラオケの大前提だったはずなのに、単に「自分が歌いたいから」という理由だけで選曲してはならない。そんな暗黙の了解がいつのまにかできてしまっています。
この暗黙の了解こそ「息苦しさ」です。

「ひとりカラオケ」が珍しくない光景になっているのも、この息苦しさから逃げたいという理由もあるのではないでしょうか。


おわりに

このようにカラオケボックスと同じ「息苦しさ」がFacebookにも存在するのではないか、と僕は考えています。

だからと言って、そのような「場の空気を読め」的な息苦しさをなくそうよ!と主張したいわけではありません。
単純に、カラオケとFacebookが似てると思い至り、「じゃあ、その理由は何だ?」と考えたときに出てきた感覚を述べただけです。

最初に書いたように、このブログは「覚書」です。
だから、論理的な手順を踏むわけでもなく、ちゃんとした結論があるわけでもありません。
僕個人の感情に沿ったところで、物事を述べていく。そういうスタンスです。


第1回目のブログとしては些か長文だったかもしれませんが、今回はこれにて。
次回がいつになるかは僕自身わかりませんが、また何か覚え書きたいことがあれば更新します。案外すぐのことかもしれませんがw

それでは。